沿革

2007年4月、学園は創立以来89回目の入学式を迎えました。そして、これが広尾学園としての歩みを刻む第1回目の入学式となりました。

2006年度の特進コース(中学、高校)設置、学習司令センターの始動によって、本格的な進学校への道を歩みだした学園ですが、2006年にはさらに文部科学省による「スーパー・ランゲージ・ハイスクール」の指定、2007年度の共学化、それにともなう校名変更、インターナショナルコースの設置と大きな話題が続き、学園は各方面から注目を集めています。

さらに、共学元年となった2007年新学期には、英語教育に自信のある国内私立公立のトップ高校をおさえて、広尾学園高校チームがJ8(ジュニア・エイト)サミットの日本代表(国内1校)に選ばれるというビッグニュースが続きました。広尾学園チームは6月に行われたJ8ヴィスマールサミットに参加するとともに、同じ6月に開催されたG8・ドイツサミットに合流し、安倍首相(当時)はもとよりブッシュ(米)、プーチン(露)大統領やブレア(英)、メンケル(独)首相など先進国首脳陣と世界の将来を語り合う機会を得ました。

2010年には中学インターナショナルクラスに英語を基本から学ぶことができるスタンダードグループを新設。こういった国際教育の進展にあわせてサイエンス教育も重視され、2011年には第2新校舎の完成とともに3つのサイエンスラボが完成。同時に、高校で医進・サイエンスコースがスタートしました。

大正時代、板垣退助(伯爵内務大臣)、夫人絹子たちを中心に大日本婦人慈善会が設立されて以来、学園の先人たちはここ広尾町(現南麻布)の地において、数多くの生徒たちの育成にあたり、その未来を支え、教育の発展に尽力してきました。

板垣退助(伯爵 内務大臣)
板垣退助
(伯爵 内務大臣)
初代会長板垣絹子
初代会長板垣絹子
大正7年 順心女学校設立(校長・下田歌子)
大正13年 大日本婦人慈善会を大日本婦人共愛会に変更
順心高等女学校設立
昭和22年 順心中学校設置
港区立順心中学校を併置(〜昭和27年)
昭和23年 順心女子高等学校設置
昭和26年 学校法人順心女子学園成立
昭和48年 文部省の海外帰国子女教育研究指定校となる
平成2年 校外施設富士見スコレー落成
平成10年 順心女子学園創立80周年
平成18年 特進コース開設
文部科学省のSELHi(スーパー・ランゲージ・ハイスクール)の指定校となる(〜平成20年)
平成19年 広尾学園中学校・高等学校に改称し、共学化
インターナショナルコース(中学・高校)設置
J8(ジュニア・エイト)サミット日本代表としてG8ドイツサミットに参加
平成22年 中学のインターナショナルクラスに新たにスタンダードグループを設置
平成23年 高校に医進・サイエンスコースを設置